大西松雲  おおにし しょううん

1928年(昭和3年)韓国ソウル特別市竜山区に生まれる。上田桑鳩、大西南堂、小川瓦木に師事。平成7年8月1日、肺炎のため死去。英聡院松雲日卓居士。池袋・本立寺に葬らる。


 毎日書道展委嘱、奎星会客員、現代書百選展運営委員、日本書道美術院評議員審査員、書団『嘯龍社』理事長、東洋書芸院審査同人、東京書作展常任運営委員審査員、東洋書人連合理事長、神奈川県美術家協会副会長(県展書部門代表)、かながわ書人の会代表、サンケイ書作展審査会員、日本書道学院会長、月刊誌『書吼』発行人


 外 遊  中国18回、アメリカ3回、カナダ2回、オーストラリア2回、ハワイ2回、韓国6回、フランス1回、中華民国4回、ベルギー2回、メキシコ1回


 主なる収蔵先  高野山金剛峰寺、身延山久遠寺、成田山新勝寺、ベルギー・ブラッセル市王立美術歴史博物館、ベルギー・アルバート一世王立図書館、ドイツ・ケルン州立東洋美術館、佐久近代美術館  


 著 書  『筆と共に一・二・三』『大西松雲作品集』『大西松雲作品集・蘭亭游墨』『小倉百人一首・手本集成』


故・大西松雲先生を偲んで  日本書道学院理事長 池谷華道

書作に取り組む在りし日の大西松雲会長

 光陰矢の如し、と申しますが、松雲先生と共に歩み始めましたのは、昭和31年2月初代会長大西南堂先生を御紹介戴いた時からであります。松雲先生とは誠に縁の深い出会いでありました。書家を父として成長された松雲先生は、書の研鑽には人の万倍と申しても過言ではないほどの努力家でもありました。
 昭和50年6月、二代目会長として就任されてから、故南堂先生の遺志を継がれ学院の発展に意を用いられる事は申す迄もなく、門下の指導方針もまた自らの書人としての研究の意欲は誠に厳しく、自己の方針においては、岩をも貫く程の意志の強固さをもっている方だと感じました。殊に東洋書人連合においては、1982年の最初から小川瓦木先生と共に、日本現代書展を催し国際文化親善交流を目的として、1995年まで14年間国際交流基金の後援により活躍されました。大変な精進ぶりだと思うことでも松雲先生ご自身は人間としてごく当り前のことと、自然に背伸びすることなく実行されておられました。
 素晴しい先生の姿を見ていると、明るく温かく、生き抜いた人間としての先生、と思っているのは私ばかりではないでしょう。先生のご冥福を心からお祈りいたします。

展 示 室

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