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宣 言
芸術の完成は、人間完成を第一義とします。私達は理論にとらわれず、個々の和を以て、東洋古来の芸術を探究し、もって新しい日本国家芸術の誕生を理想として、清新な日本画、洋画、彫塑、工芸の創造に邁進するものであります。 私共、日府展会員は、日本を愛し、この日本に立派な国民芸術が生まれることをもって念願としています。 およそ、国家が興隆するところ、必ず立派な国民芸術が生まれています。芸術の完成は人問完成、国家民族の興隆に通ずるものであると私共は信じています。 日府展会員は、東洋芸術の伝続を研究し、日本古来の崇高にして美しい国民芸術をいよいよ発揮することを理想とし、自由にして明朗な文化国家の新しい国民芸術を創作していくものであります。 社団法人日本画府
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沿 革
川端龍子に師事し、青龍社展で活躍していた児玉三鈴は、やがてそこを辞し、1956年、跡部白鳥、石田粧春ら同志相寄り公募団体「日本画府」を結成し、その旨宣言。第1回日府展を銀座松屋にて開催。1958年、会場を東京都美術館に移し第5回展を開催、現在に至る。 1961年、日本美術院彫塑部解散に伴い、同部有志を併合、彫塑部を併設。1963年、洋画部、工芸部を設け、総合展に改組する。 1964年2月12日、社団法人の認可を受け理事長に児玉三鈴就任。1966年から1967年の間に、青龍社の解散に伴い、竹内末明、古野新生ら社人を含む総勢30余名が参加する。1968年、第1回名古屋展を愛知県美術館にて開催、現在に至る。 1978年、社団法人日本画府の福祉事業に対し、内閣総理大臣より、団体として初の紺綬褒賞を授与される。1974年、M日府会館(日府展研究所)を開設。会員の研究会、会合、宿泊等の厚生施設として利用されている。 2002年2月、児玉三鈴理事長の逝去により、副理事長渡辺六郎(工芸)が新理事長に就任。来年は第51回展の開催を予定しております。
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企画・制作 美術鑑賞社 藤谷弥道
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