先師深山龍洞の書作精神・指導理念の継承と堅持を掲げ、全員自運の書を目指して設立された一先会の本展が、兵庫県民会館から、より広い会場に移って開催された。
『古典を基にした創作への展開』を不変の旗じるしに、今回のサブタイトルは《萬葉の世界を謳う》。萬葉歌人の大らかな文学精神『まこと』に心を寄せ、書としての具現化が試みられた。
会場は均一なブ―スに仕切られ、洒落た雰囲気が漂う。入ってすぐがメインとなっており、昭和42年の個展の際に発表された深山龍洞の遺墨「梅の花…」(=作品写真右上)に先ずは注目。四半世紀を経ても、なお瑞々しくその粋を語る。
小山素洞会長は3×10尺の横額の大作で「磯の上に…」他三首(=作品写真左上)。王鐸と藤原佐理を基調とした古典に、筆の食い込みも厳しく、風格ある作調で、現代への展開を果たす。横山煌平理事長は香紙切で、「ときはいま…」他四首(=作品写真右側下)。大画仙4枚継ぎのパネル大作に、散らしや潤渇を堂々と活かす。
副理事長陣より、神吉明美は「あしひきの…」他七首を、西行系を基調とし、一貫した筆致で連綿と表す。柏木小鈴は一條摂政集より「わがせこは…」を大字で一気に書き抜き、現代空間の華とした。中島旭堂は正倉院仮名文書より「ひむがしの…」。萬葉仮名を効果的に用い、墨量豊かに堅牢なる作調で見せる。園山硯峰は藤原佐理で「八雲たつ…」を、スピ―ド感溢れる濃墨の大字で、覇気ある四行。他、各会場を通じ着目作は多数。意気盛んな前進が心強い。
(4・2〜4、兵庫県立美術館/原田の森ギャラリー)
第30回記念日本文人画府春期銀座展
日本文人画府の春期展は、第30回を迎え、今回はその記念展となった。長いあいだ理事長を務めた加藤弥寿子氏を会長とし、新理事長に畑佐祝融氏が就任。これからの手腕が大いに問われよう。海外展のプランが持ち上がっているが、こうした諸問題の結果はどうであれ、会の活性化に繋がってくることは確かだ。
加藤弥寿子会長の「木立ち」(=作品写真右上)は、木立ちから見える寺社の雰囲気が、落ち着いた画面を形成し、見る者を和ませる。畑佐祝融理事長の「空山」(=作品写真左側)における山岳は、大気空間を自己の小宇宙としたような存在感を示す。
厳しい冬山の冷気を伝える、平山牧秀「雪渓」。素朴な味わいに人間味を盛りこむ、白石有戔「円空仏」。ダイナミックな海と白鳥の風景、山本瑞謙「白鳥乱舞」。日常生活の眼差しが見出す面白さ、橋場A樹「八ツ橋さんちのおいも」。他、土端羊石「野川」、北村洋子「イタリア人形」等を挙げておく。 【佃 堅輔】
(4・1〜6、ギンザタナカホ―ルギャラリ―)
九秩記念山田松鶴書展
産経国際書会最高顧問で、鶴心書道会の会長である山田松鶴氏。去る4月に満90才を迎えられ、これを記念して10年ぶりの個展が開催された。
『秩』とは十をあらわす言葉であり、本来なら卆寿と言う事になるが、『寿』という文字は、中国では日本と違う意味があり、80才の個展の時と同様、敢えて九秩記念とした。
出品は掲載とした新作の「九秩自詠」(=作品写真右側)に見られる凛とした階書と、行書や草書、そして平成14年の産経国際書展で内閣総理大臣賞となった「千峰黄葉の邨」等々、ここ数年の作品で全54点。この個展に際して、100点以上の作品の中から、絞りに絞っての展観となった。
伝統書としての『詩情表現』を発念して30年。気負う事なく、極めて自然体で、折々の心情を筆に託す。それは時には厳しく、時には遊び心を持ち、また時には艶やかな味わいとなって実作に命を吹き込む。正に一作一面貌と言うべき書の世界は、90才にしてなお矍鑠とした、氏ならではのものと言えるであろう。
会場を構想すること3ヶ月。よって作品の一つ一つは、必然性をもって各所に配置され、壁面の充実度を上げていた。
(4・9〜14、有楽町/朝日ギャラリ―)
第28回桂紅会書展
文化勲章受賞、芸術院会員の杉岡華邨「梅花に集ふ」を特別出品に、主宰楢崎華祥は、潤渇を活かし、意気旺盛な力感のなかにも品格をひめた、半切軸「山ざくら」と、扇面料紙に散らしや行間の味わいも雅びな額装の「夕顔」で2点を出品。
門下では大野千代子の「雛」、小口千寿子「星月夜」、小林幸子「桑の実」、2×8尺に気概を示す杉浦華桂「湧雲」、吉雄久美子「雛の宵」、また唯一の男性である加藤泰玉「春雨の想ひ」など49名と、小松渥子ら4名による合作パネル、及び板谷愛子ら26名による「臨・三色紙(寸松庵色紙、継色紙、升色紙)」の四曲屏風等々。大作から手頃な小品まで、額、軸、巻子、折帖と、会場は艶やかに彩られる。
今回特に気付かれたのは、高い格式を保ちながらの、実作の確かな向上である。この一年の錬成が、良き実りを結んでおり、様々な素材にそのツボを活かした佳品が、多々見受けられた。雅びさと格調は、もとよりこの会の身上とするところだが、これに加えた現代性が、近年殊に目立つようになっている。これはかな美の正統を継ぐ、最も健全な在り方であり、更なる探究に期待したい。
(4・16〜20、有楽町/朝日ギャラリ―)
プロムナード
大学での講義のことを授業と言い始めたのは、丁度筆者が学生時代を送った、昭和50年代頃からだったように思う。授業とは、学問や技芸を教え授けるもので、児童や生徒側は受け身の存在。先生の立場も小学校から高校までは、教え諭す側として、教諭と呼ばれる。
講義とは、書物や学説の意味を説明することであり、教授や助教授、また講師たちが講義する内容を、どう受け取るかは学生自身の問題である。
今ではマスコミもこの根本的な違いを忘れ、全てを授業と言ってはばからない。しかしこれはモラルの低下のただ一端であり、実害は特に無い。
しかし一事が万事。今や常識を弁えぬ人間の何と多くなったことか。社会のル―ルやマナ―は忘れ去られ、利己主義が当たり前のように横行している。日本人の美徳は、一体何処にいったのか。
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