日本の“油絵”に対する歴史的な見直しがなされ始めた今日、牧野虎雄が創立した旺玄会も第69回を迎え、来年は記念すべき第70回を迎える。会の歴史も、ひとつの転換期にさしかかる。
常任委員で会の代表を務める臼井春夫の「春の海遠望」(=作品写真右上)。柔らかな色調が春の気配を呼び込み、のどかな海遠望が心をなごませる。
勝俣睦「奥入瀬―1」(=作品写真左上)。全体の深々とした緑の階調が、谷間を流れゆく白い水のリズムと、詩的な共鳴を見出たせる。吉尾芳郎「明日があるさ」(=作品写真右側下)。
悲しみと失意を表す若い女性像の、さまざまなポ―ズに対し、一人マンホ―ルらしきものを眺める男性。明日への希望を求める、現代の人間図を描出する。遠井正夫「赤レンガシリ―ズ、慶応義塾図書館」(=作品写真左側下)。赤レンガに象徴される失われゆく風景美を、モニュメンタルに描く。的確な描写力が快い。甲斐典士「よろこび」。透明な色とアンフォルメルなものとのリズミカルな空間造形に、よろこびの詩的感情が滲む。
損保ジャパン美術財団奨励賞となった加藤良子「遺跡追想 '03―」。歴史を超えゆく遺跡は、現代への警告だろうか。沈黙の浮き彫りのリアリティ―は深い。小玉政美「流れゆく時」=文部科学大臣奨励賞。無機質なトルソと若い女性との対比。暗い色調に込められる、現代の反映とみなされる。 【佃 堅輔】
(5・21〜30、東京都美術館)
マ旺玄会のHPはこちらです(主な作品21点を展示しています)
昭和29年3月に創立された新美術協会が、第50回の記念展を迎えた。
古典を広く学び『生命讃歌の美術創造』を願う会のスロ―ガンは新世紀において、ますます重要性を持ってくるだろう。会への期待は大きい。
顧問の六郎田天鈴が描く「春遥(アンナプルナ山群)」(=作品写真右上)。黄金色に輝く山群に向かって、吸い込まれゆく動物や鳥たち。大自然の神秘的ロマンを感じさせる。
小宮山俊理事長は、八曲、四曲、四曲の3点に、精力的な制作姿勢を示す。「忍野八海 凍影」(=作品写真左上)は、岩彩の独自性を活かし、銀箔等を用いた味わい深い富士となった。副理事長では、仏教的雰囲気の女性像を形象化した、竹内摩美の「瞬(しゅん)」(=作品写真右側下)。
全ての事象を宇宙的イメ―ジのうちに展開する大石喜代男の「宙の戯曲(森羅万象)」(=作品写真左側下)。伊勢神楽のリズム構成がユニ―クな水谷桑丘「桑名太夫伊勢大神楽」。常任理事陣からは、カラフルな幾何学的フォルムに、抽象化が明快な増川武雄「宙(そら)」。彼岸へと旅立つ死者に無常感をこめる今井玄花「行く人」等々。
以下主な受賞作より、砂漠の風を避けようとして寄り添う女性たちを、確かな眼差しで描き出す山崎富佐子「砂漠の風」=文部科学大臣奨励賞。枯れたトウモロコシの赤い根に、新たな生命を見てとる糸井達男「新生」=内閣総理大臣賞。月浮かぶ空の下に、砕ける波の景色を詩情的に捉えた神垣秀之「波涛」=第50回記念大賞。牡丹と裸婦を華やぎのなかに置く阿部信吉「沐浴香華」=新美術協会大賞。他、芝崎正之、阿部喜久代、鈴木夏江、新美洋子、渡辺幸子らを挙げておきたい。 【佃 堅輔】
(6・1〜10、東京都美術館)
マ新美術協会のHPはこちらです(主な作品21点を展示しています)
大正15年5月、構造社として創立され、昭和2年に第1回展を開催。以来、紆余曲折を経て同11年に新構造社と改称。大戦後もいち早く立ち上がり、同21年にはこの会場で第18回展を開催。今ここに第75回の記念展を迎えた。『イズムに制約されない自由な芸術探究』をスロ―ガン掲げる、この会への期待は大きい。
枯れゆく草原の拡がる河岸。代表・清浦正風の描く「初冬の河岸」(=作品写真右上)は、季節の厳しさの中に、心なごませる詩情が滲む。
早朝の運河風景を、透明感溢れる叙情的描写で示す小田津也二「運河」(=作品写真左上)。砂に埋もれゆく船、活躍する船を対比させ、
浜辺の時代を感じとらせる前嶋実「九十九里燦々」(=作品写真右側下)。家族の一員の晴れ姿をリアルにとらえる大久保智弘「孫の成人式」(=作品写真左側下)。長い冬から春に目覚めようとする、自然の微妙な変化を見つめる本目雅己「春を待つ伊那谷」。
内閣総理大臣賞に輝いた永島秀雄「陽光」は、家畜への優しさや眼差しが、独自な色調効果に高められる。工藤一二「毘沙門天」=文部科学大臣奨励賞は、線の力強さにモティ―フが活きる。
その他、主な受賞者からは石橋英雄「風渡る」=東京都知事賞。瓜生洋子「回想・旅の詩」=損保ジャパン美術財団奨励賞。新構造社賞では津軽石信一「ル・ストン・ゼウボ・ダタ―0306」及び細谷玉江「空の旅人宸R」等々。また田中幸夫「神を探して」にも注目された。 【佃 堅輔】
(6・12〜22、東京都美術館)
齢九十といえば、現代の社会においても、立派に天寿を全うしての生涯と言えよう。理屈ではそうと判っていても、宮本竹逕氏(=写真右)の逝去(平成14年11月7日)は、今なお惜しんで余りある。改めてご冥福をお祈りしたい。
氏が最も愛した寒玉三十人展と併せての、宮本竹逕遺墨展には、歴代の代表作の数々と共に、それにも勝る近作や旧作を含め全61点が、一堂に展示された(=作品写真左上「清水もて…」昭和61年、新年歌会始、召人の歌)。正に竹逕芸術の全貌を伝える豪奢な展観に、氏の姿が偲ばれたが、これらの出品作は一部を除き、生まれ故郷のふくやま美術館に寄贈されるとの事。
機会を得て是非とも訪ねてみたい。
第25回の記念となる寒玉三十人展は、前述の遺墨展のエントランス両脇と、その左右に会場をしつらえ、黒野清宇会長(=作品写真右側下「かたはらに…」)、田島方外理事長(=作品写真左側下「愛と言う…」)、座馬井邨、後藤秀園、大河内暁水、渡邉笙鶴ら副理事長4氏、そして荒木素園、川上沙翠、竹原冬青、中井登眺、西迫翠峰、早川修、藤岡弘川、堀井聖水、山下啓明ら常務理事9名と、これに続き理事、特別会員、常任総務から選抜された面々を加え、全63名の作品が会場を絢爛と埋め尽くす。その確かな手応えにこそ、新制寒玉の順風なるスタ―トの証が見い出されよう。
(6・21〜23、なんば/南海サウスタワ―ホテル大阪)
プロムナード
芸術家の意識が常に純粋で、しかも鮮明であれば、感動と情熱を伴う行為行動も、むろん果敢にならざるを得ない。従って表現もまた当然ではあるが、最も力強く鮮烈なものとなる。一切の無駄を切り捨てて、ひたすら直進していけば、その瞬時の生動が、実作に定着するからである。
更に実作者である以上は、最小限度でもそれに相応しい毎日のノルマを果たすと共に、その栄養素となるものは貪欲に、何処からでも摂取すべきであり、しかもこれを強靱に消化しなければ形成にならない。誰でも作家にさえ成りきれば、その体内を通して表出したものが、あまねく芸術作品になるからであり、これを生理とも、またはシステムと言っても差し支えは全くないのである。
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