美術鑑賞社 03(zero-three)ギャラリー
2003年9月10日


 

 第53回新興展

 日本画の世界も、洋画のそれに劣らず、大きく変化しつつあるが、『伝統の革新による芸術の樹立』(宣言)を目指す、この会の姿勢は一貫している。期待して見守ってゆきたい。

 平田春湖理事長の「神楽(天香具山より常闇の悪神)」(=作品写真右上)は、作家の追求する神話シリーズ。神話的世界から見てとられるものは、常闇の悪神の振る舞いが、現代世界であるとも言えよう。迫力ある画面だ。飛田啓之介の「ぜにたなご」(=作品写真右上)。水中に光射し込み、遊泳する魚たちの生命感。その神秘的幻想美の詩的味わい。

 小林恒岳の「そのむこうに」(=作品写真左下)。宇宙的空間を感じさせる曲線構成。彼岸と此岸の狭間の景色は測り知れない。大槻悦康の「秋宵」(=作品写真右下)。装飾化され、洗練化された伝統美が、実に印象的。御田勝平の「最上川の春」。水ぬるみ、樹々が芽吹く頃の遠景の雪山。北国の遅い春の季節詩。山下昇の「沐浴」。仏教信者の沐浴する光景。大自然の中の人間存在の姿が神々しい。

 曽和千粧の「黄色の微睡」=新興美術院賞。色づく秋の樹々と、猫や小鳥たちの、微睡のひと時の詩情が漂う。他、主な受賞者。文部科学大臣奨励賞=野口義男。東京都知事賞=石岡かつ子。会員努力賞(杉風賞)=鎌田理恵、同(巣居人賞)=新田志津男、同(祥光賞)=富田四郎。会員努力賞=勝山貞子、仲林敏次、芦川妙子。京都府知事賞=星川富吉。京都市長賞=田辺秀子。京都市芸術文化協会賞=久保田光江。会員推挙=石崎岑子、中川豊子、常陸美智子ら7名。 【佃 堅輔】

(5・21〜30、東京都美術館)

 マ(社)新興美術院のHPはこちらです(主な作品21点を掲載しています)

  


 

 第27回由源展

 大阪に拠点を置き、関西漢字でも屈指たる存在の、由源社の第27回展。

 今年は3階会場の中央に、概略で全長37mにも及ぶ壁面を二段構えに設置。入口正面には尾崎邑鵬会長の横額による調和体作「米帝(人と芸術より)」を中央に、第一位賞に輝いた生原紫りん、及び文部科学大臣奨励賞となった常任委員不動佑南の3×10尺の大作、そして常任委員無鑑査の尾崎司邑、谷川暎春(=作品写真左下「勝ちたいんや…」)、土井芳泉らの調和体を主とした作品25点が、とかく固い雰囲気に成りがちな漢字の会にあって、来場者をスマートに迎える。

 転じてその裏がメインストリート。尾崎会長の3×10尺の「王維詩」(=作品写真右上)をはじめ、辻元邑園の3×8尺の横額(=作品写真左上「臨傅山」)、三岡天邑、大田栖峰、大友青陵、澤井夏翠、福島松韻、藤井曹香、及び作品掲載とした常任委員無鑑査の3×10尺の大作が、対面の第2パネルと合わせ、堂々と並ぶ。流石にこの会には逸材が多く、大字から小字迄の多彩な作品に、意気旺盛な力作が結集され、その実力と風貌により、会の屋台骨をしっかりと支えている。

 出品数は前述の会長作が2点、常任委員無鑑査が86点(調和体41点を含む)、常任委員69点、委員104点、幹事195点、及び公募が239点で、計695点。

 各作とも着実に書の王道を貫いており、広い会場の壁面一杯に展開された作品群は、静かながらも熱気をはらむ。また3階会場左側のウィンド―や、3台の展示台に並べられた、毎年恒例の特別陳列の《趙之謙の墨寶》44点も、多くの鑑賞層の関心を高めて好評。

(5・24〜26、マイドームおおさか2F・3F)

 


 

 第48回全国神融会書展

 昨年創立60周年を迎えた、書団神融会の第48回全国展。公募展も併催され、出陳は一般の部が約270点、学生の部が約500点で、総数約770点。

 第1会場に入ってすぐが準審査会員。その両脇からぐるりと審査会員の作品が連なる。そして会場奥の壁面がメインとなって、掲載とした炭山楠峰会長(=作品写真右側左)、堀田南郷副会長兼理事長(=作品写真左)、津村龍堂副会長(=作品写真右側右)、及び副理事長の村部清巌、安宅川崇山、岡橋祥悟、北村南濤、安原石楠ら5氏の作品が並ぶ。

 基調を成すのは2×8尺や、3×6六尺の漢字行草作で、その点先人が築いた伝統を継承する、極めてオ―ソドックスな会と言えるが、ここにきて調和体も、漸次その数を増している。

 審査会員を対象とした南木賞には、常任理事より古賀峰月、宮越良香、佐々木芳翠、樋口青葉、古川香祥の5名。理事は中井希峰、坂本醇翠で2名。及び監事1名。審査会員4名となっており、ともすればマンネリ化しがちな役員層に対し、良き刺激剤となり、かつ会に清新な風を送り込んでいる。新鋭の伸びやかな台頭も心強い限り。

(6・3〜8、大阪市立美術館)

 


 

 伊藤鳳雲遺墨展

 日展参事で、師田中塊堂の没後(昭和51年)から、会長として長らく千草会を率いてきた、伊藤鳳雲氏(平成13年9月19日に逝去・享年85才)の遺墨展が、読売新聞大阪本社と千草会の主催で、盛会裡に開催された。(=作品写真右「あおによし…」1999年、58×86cm)

 出陳は氏が最も愛し、書作の素材ともした、万葉歌を主軸に、日展や朝日現代書道20人展、千草会展などに出品した四曲屏風、二曲屏風各2点から、全紙、聯落ち、半切及び小品までの、代表作を含めた38点。内容的には万葉集、古今和歌集などの古歌から、与謝野晶子、正岡子規など近世の素材、そして自作の歌や言葉などで、概ね三様の構成に分けられる。(=写真左、会場風景)

 氏が本格的に書に取り組んだのは、昭和28年に田中塊堂に師事してからのこと。37才と割合遅いスタ―トだったが、その後はめきめきと頭角を現し、昭和33年に日展初入選。37年に日展特選・苞竹賞を受賞。47年には日展新審査員を務め、書壇での地位を確立した。60年には日展内閣総理大臣賞、平成2年に日本芸術院賞を受け、その後は名実共に書壇の重鎮として活躍を続けた。遺墨を前に今は只ご冥福を祈るのみ。

(6・12〜13、ホテル大阪グランヴィア20階)

 


  

 プロムナード

 夏はちらっと顔を覗かせただけで、9月の残暑にその名残を示すのみ。

 取材、原稿、編集、そして発行から、インターネットでは、ホームページのメンテナンスと、新たに依頼されたものの作成など。年間を通じ仕事に忙殺される日々は、光陰矢の如く飛び去り、ふと気が付けば、弥生号の遅れを取り戻せぬまま、今年も残すは四分の一余りとなってしまった。

 読者各位には誠に申し訳ない限りながら、残りのスケジュールを鑑みれば、12頁編集となる年末年始号を、元旦に合わせてお届けするためには、即刻これに取り関わらなければ、現状的に間に合わない事態となる。つきましては、年に一度の年賀名刺広告と購読紙代のお願いは、別便にて11月頃に送らせて頂きますので、例年の如く、何卒宜しくご協力下さいます様お願い申し上げます。

 


 

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